「自転車を漕ぐ」(じてんしゃをこぐ)というのは、自然な日本語です。
こぐ(漕ぐ・榜ぐ)
1.櫓(ろ)や櫂(かい)などを用いて舟を進める。
2.ぬかるみや雪のなか、やぶなどの歩きにくいところを歩く。
3.いねむりをして、からだを前後にゆり動かす。いねむりする。舟を漕ぐ。
4.自転車やブランコなどを足の力で動かす。
広辞苑より引用、一部を強調表示
国語辞書にもこう、はっきりと書いてある通り・・
自転車のペダルを動かすことを「漕ぐ」と表現するのは、現代では一般的なことですよね。
「ペダルを漕ぐ」といった使われ方も、よくします。
しかし漕ぐというのは本来、「船」に使われる言葉のはずです。
それがなぜ船とは似ても似つかない、自転車で使われるようになったの?
この記事を訪れたあなたは、そのあたりに疑問を持っているのではと思います。
なのでこの記事では、自転車を「漕ぐ」という言葉はなぜ使われるようになった?
ここをさまざまな視点から考察してみます。
目次
船を漕ぐ動作と、とても似ている
自転車に「漕ぐ」という言葉が使われるようになった理由・・
それは自転車のペダルを動かす動作が船を漕ぐ動作と、実はとても似ているからです。
船と自転車とでは、船のほうがずっと昔から存在します。
船は紀元前といった、とんでもない昔からあるのに対して・・
自転車はこの記事でその歴史を解説するように、最古のものでも19世紀頃から出現しています。
なので昔からあった「船を漕ぐ」という動作の表現が、自転車にも反映されたと考えるのが自然です。
じゃあ船を漕ぐって、具体的にどういう動作?
上の動画のように、
- 力強く
- やや曲線的に
- 何度も押し引きする
といった感じの動作になります。
水をかき分け推進力を得るには、力強い動作が必要ですし・・
「漕ぎ出す時だけ水の抵抗を得る」ために、櫂の角度を変えるための回転させるような動作になりますし・・
そして何度も何度も推進力を得るために、連続した押し引きが必要です。
そしてこれら動作の特徴は、自転車と酷似しています。
自転車も地面を蹴り出すための、力強いペダルの動きが必要ですし・・
ペダルはもちろんまっすぐではなく、回転させるように動かすものですし・・
そしてペダルは進み続けるために、何度も何度も動かすものです。
なのでおそらく昔の人は、自転車のペダルを動かす動作を何と呼ぼう?と考え・・
「あれ?船を漕ぐ動作、自転車とめっちゃ似てるやん!これにしよ!」
そんな感じで「漕ぐ」というワードを当てはめ、そしてそれが自然に浸透していった・・という感じなのではと思います。
そもそも日本は海洋国家で、船との関係が強かった・・というのも理由になりそうです。
船をあまり使わない国であれば、「漕ぐ」という動作はなじみが薄いものになりますが・・
昔の日本人にとって「漕ぐ」という動作は身近で、なので自転車にも使われるようになったのではと思います。
という感じで・・船を漕ぐ動作の特徴が、実は自転車とよく似ていたから!
これが自転車が「漕ぐ」と表現されるに至った、一番の理由ではないでしょうか。
他にはどんな言葉が使われる可能性があった?
結果的に、自転車には「漕ぐ」が使われるようになったとはいえ・・
そうなるまでには他の言葉が使われるようになる可能性も、あったはずです。
ペダルを動かすことを表しそうな単語は、
- 「踏む」
- 「押す」
- 「蹴る」
- 「回す」
このあたりを代表に、漕ぐ以外にもいろいろあるからですね。
じゃあなぜ、それらの言葉は最終的に採用されなかったの?
「漕ぐ」という言葉が最終的に、ポジションを確保した理由は?
以下、考察してみます。
「踏む」
ペダルは「踏む」では、いけなかったのでしょうか?
「踏む」というのは上から下に、踏み落とすような動作です。
空き缶を踏む、うどんを踏む、大地を踏む・・
それぞれ、真上から真下に足を落とすような動きですよね。
しかしペダルはまっすぐではなく、円運動させるものです。
確かにいちばん強くするべきは、上から下方向へのパワーですが・・
それだけだと無駄な力が多すぎる、いわゆるダメなペダリングになってしまいます。
なのでまっすぐ下に落とすニュアンスの「踏む」は、ペダルを動かす動作の実情と離れてしまい・・
「漕ぐ」と違って、自転車の動作の表現としてあまり使われないのでしょう。
「押す」
「押す」というのも、候補になり得たと思います。
台車を押す、ドアを押す、ハンコを押す、あたりと同じように・・
「ペダルを押す」というのも、あり得なくはないですよね。
しかし押すというのもやはり、直線的な動きのニュアンスです。
台車を押すにせよ、ドアを押すにせよ・・
それぞれまっすぐに、遠くに押しやるような動きになりますよね。
なので「押す」もやっぱり、円形動作であるペダルの動きとは離れてしまい・・
ペダルの動作の表現として、採用されなかったのでしょう。
「蹴る」
ペダルを「蹴る」は、どうでしょうか。
「蹴る」は足での動作を表す、代表的な言葉です。
サッカーボールを蹴る、格闘技で相手を蹴る、地面を蹴る・・
などなど日常的にも、よく使われますよね。
そして「蹴る」というのは、ダイナミックな動作を表します。
なので自転車のペダルを動かす、強力な動きを表そう!
そう思うなら「蹴る」というワードは、なかなか向いているようにも思えます。
しかし蹴るという言葉は、瞬間的にエネルギーを伝えることを意味します。
ボールを蹴るにしろ、格闘技で相手を蹴るにしろ・・
「バシッ!」「ドカッ!」みたいに一瞬で、強い衝撃を与えるようなニュアンスですよね。
対してペダルを動かす動作は、持続的なものです。
ボールを蹴るように、バシッ!バシッ!とペダルを蹴ることはなく・・
むしろグン・・!グン・・!みたいに、時間をかけてエネルギーを伝えていきますよね。
なので「蹴る」という言葉はこのあたりが、自転車の動作の実情と離れてしまって・・
なので漕ぐとは違って、浸透することは無かったんだと思います。
「回す」
ペダルを「回す」というのは、最有力候補かもしれません。
と言うか・・一部では、「回す」を使っている人も居ますよね。
特に自転車のプロや自転車趣味人が、好んでよく使うはずです。
しかし「回す」は漕ぐほどには、市民権を得ていないと思われます。
その理由は、
- 「力強さ」が無いニュアンスだから
- ペダルに掛けるべき力は「真ん丸」とは言えないから
ちょっとマニアックですが、こんな感じになると思います。
まず・・「回す」という言葉は、力強さをあまり含まないニュアンスです。
例えばかき氷のレバーをくるくる回す動作に、力強さは含まれませんよね。
なので強いパワーを出すことが多い自転車の動作には、そぐわない面がここにあると思います。
ペダルに掛けるべき力は「真ん丸」ではないというのも、理由のひとつでしょう。
「回す」という言葉は、真ん丸の形に動かすこと意味しますが・・
自転車で掛けるべき力はダウンストロークでより強い、もっと複雑な形になってきます。
という感じで・・「回す」という言葉は、自転車の動作をかなり良く表してはいるのですが・・
しかし「漕ぐ」ほど綺麗に、動きの性質をバッチリ表しているものとまでは言えない・・
というのが回すという言葉が「漕ぐ」ほどまでには普及しなかった、事情になってくると思います。
やっぱり「漕ぐ」が一番
と、自転車の動作を表す単語として、あり得た候補をいろいろ挙げてみましたが・・
それらすべてと比べても、やっぱり「漕ぐ」が一番だと思います。
「漕ぐ」は力強く、単純な円ではない有機的な形に、何度も動かすことを意味し・・
それは実際に自転車のペダルを動かすという行いに、他のどんな言葉よりもバッチリとハマります。
だからこそ「自転車を漕ぐ」という表現は誰が言うとでもなく、自然に広まっていったのでしょう。
諸外国では、どう表現されている?
日本では、自転車を動かす動作は「自転車を漕ぐ」と表現されます。
しかし日本以外の諸外国では、どのように表現されているの?
日本と同じように、「漕ぐ」に当たる言葉が使われてたりするの?
ここも気になったところなので、調べてみました。
英語
まず、世界でもっとも使われている英語から見てみます。
ご存知、アメリカやヨーロッパで使われている言語ですね。
それ以外にもインドやオーストラリア、日本など、さまざまな場所で使われています。
そして英語で「ペダルを漕ぐ」に当たる言葉は、「pedal」です。
シンプルに「pedal a bike」で、自転車のペダルを漕ぐ、ですね。
pushやworkと組み合わせて使われることもありますが、基本的には「pedal」だけで十分のようです。
なぜ英語圏では、自転車を漕ぐ動作が「pedal」なの?
pedalにはそもそも「足で操作する」という意味があるから、のようです。
上で書いたように・・そもそも自転車が発達したのは、19世紀くらいからです。
そして「pedal」という単語は、そのずっと前から存在し・・
機械などを足で操作すること全般に対して、使われていた言葉とのことです。
なので自転車が発達し、メインの交通手段となってきた時も・・
足で操作するから「pedal」で、となったのは自然な流れと言えるでしょう。
pedal(ペダル)と言うと日本語では、自転車のペダルという物体の印象しかありませんが・・
英語ではもともと足で操作するという意味なので、普通にそれが適用された!
というのが英語で「漕ぐ = pedal」となっている流れだと思われました。
船漕ぎから着想された日本より、もっとずっとシンプルな流れで・・
ここはさすが、高効率言語の英語だと感じます。笑
中国語
英語に次ぐポピュラー言語、中国語だと・・
自転車を漕ぐにあたる言葉は「踩踏踏板」となるようです。
ニュアンスとしては、文字通り「踏む」に当たる言葉ですね。
対して中国語で、船を漕ぐにあたる言葉は「划船」で・・
しかし「划」という言葉が、自転車に使われることは無いようです。
じゃあなぜ中国語では、「踏む」にあたる単語が採用されたの?
中国では、日本ほどには船が使われなかったからが一番の理由かな、と感じます。
中国は地図を見ると分かる通り、内陸国です。
もちろん上海や香港など、海に面したエリアもあるのですが・・
その国土のほとんどは、内陸の陸地ですよね。
そして内陸に住む人たちが、船を使う機会はほとんど無いはずですので・・
「自転車の動作は、船を漕ぐ動作と似ているな」とか考える機会もありません。
なので「漕ぐ」が自然に、自転車に使われるなんてことは無く・・
もっと直接的でシンプルな「踏む」が使われることになった、と考えるとまあ自然な感じがします。
この記事で書いたことは、あくまで運営者の個人的な考察ですが・・
「漕ぐ」と表現したのは意外にも、メイン言語では日本語くらいのようです。
そしてそこには日本人ならではの、情緒といったものが感じられる気がします。
この記事では、自転車が「漕ぐ」と表現される理由を解説してみました。